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大阪高等裁判所 昭和60年(う)281号 判決 1985年6月12日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山田一夫及び被告人作成の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事川瀬義弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張し、本件については、被告人を有期懲役に処すべきであるというので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせ検討するのに、本件は、被告人がサラ金からの借金の返済資金を得るため、アパートの隣室に住む一人暮らしの老人(当時七五歳)を殺害したうえ現金約一万六二二〇円、預金通帳二通(残高合計一三三万九三八〇円)、印鑑三個及びキャッシュカード一枚を奪取したという強盗殺人の事犯であるが、原判決が「量刑の事情」の項で説示するとおり、サラ金の返済資金に窮した被告人が、確実かつ安全に金品を手に入れるには隣室に住む被害者を殺害して預金通帳等を奪取するのほかに方法はないと安易に短絡させたうえ、確定的な殺意をもつて遂行された計画的な犯行であること、犯行の態様は、被害者やアパートの住人が寝静まつたころを見はからい、被害者の首を締めやすいようにあらかじめ輪状にしたネクタイを持つて、自室の出入口の戸を開けたまま無警戒でねむつていた被害者の部屋に忍び入り、同人の首に右ネクタイをとおしてその両端を力まかせに二、三分間引つ張つて締めつけ、被害者がぐつたりとなつたのを見て死亡を確認するため脈をとり、未だ死んでいないとみるや確実に殺害しようと右ネクタイを被害者の首に二重巻きにしてさらに約一〇分間にわたつて締め続けるといつた冷酷かつ卑劣なものであること、被告人は被害者を殺害したあと死体を押入れにかくし、室内を物色し、金庫から前示預金通帳等を奪取したうえ血痕や指紋をふきとるなど罪証隠滅工作をしていることなどにみられるように、重大な犯罪を犯した者としては冷静、大胆ともいえる行動をとつていること、犯行の動機となつたサラ金からの借金は、もともと被告人のギャンブルに原因があり、とうてい同情を抱かせるものではないこと、右のような借金を清算するために、前示のように、単に隣の部屋に居住しているというだけで、被告人の困窮とは何の関わりもない被害者の生命を奪う挙に出た本件所為ははなはだ自己中心的な行為として強く非難されねばならず、またその結果は言うまでもなく重大であること、その他この種犯罪の社会に及ぼす影響等に徴すれば、被告人の刑責は極めて重大であるといわなければならない。

所論は、原判決が、本件犯行の動機に関し、被告人のサラ金からの借金も「元をただせば被告人のギャンブルにおぼれた自堕落な生活態度が原因となつている。」旨説示する点について、責めは独り被告人のみに帰せられるべきものではないとして、サラ金業者の問題や公営賭博の存在を指摘するのであるが、本件証拠によると、被告人は昭和三九年ごろ競馬を覚え、その後競艇にも手を出し、これらギャンブルの賭金欲しさにサラ金から借金するようになり、同五二年暮から同五三年初めごろには右借金の額が一〇〇万円にも達したことから、その清算を考え、集金した金を落した旨嘘をいつて実母から同女がその貧しい生活の中から工面した一八〇万円もの現金を送つてもらつたことがあるのに、この金をすべてギャンブルに充てて費消してしまい、サラ金苦からのがれる絶好の機会を自らつぶしていること、その後はサラ金が清算されるどころかさらに借金がふえ続け、本件犯行当時には原判示のような状態に陥つてしまつたことが認められ(所論は、前示実母からの送金で一度サラ金の過重債務を返済した旨いうが、右は事実に反する。)、このような事実関係にかんがみると、被告人がサラ金苦に陥つた責任は被告人にあるというべきであり、所論が指摘する点はなるほど一般的に考慮しなければならない事柄であるとしても、本件において被告人の責任を軽減すべき事情として重要視するのは相当ではないから、本件犯行の動機に関する前示原判決の説示は肯認することができ、所論は採り得ない。

つぎに、所論は、原判決後被告人の実母が被害者の供養料として金一〇〇万円を遺族に支払い、遺族の一人一岡松夫はこれを受領しており、被害感情が今日では緩和しているから、原判決の量刑の根拠の一つはうすくなつている旨いい、当審における事実取調べの結果によると、被害者の長男一岡松夫が所論にいう一〇〇万円を受領していることは認められるが、検察官作成の電話聴取書等に徴すれば、被告人に対する被害感情が緩和しているとまではいうことができないこと、また、被害者の娘である厳嶋恵美子は右供養料の受領を拒否していることが認められ、本件犯行が前示のように余りにも重大であることとの関連においてみるとき、供養料として一〇〇万円を支払つた被告人の母親の気持は十分に酌むべきではあるが、なお右事実をもつて所論が強調するほど被告人に有利に評価して斟酌すべき事情であるとまではいえない。

そして、右の情状を含め、被告人が本件において自首している事実(その経緯は、奪取した預金通帳から預金を引出すことができず、そのうち死体が発見されるなど追いつめられた状態になつたとき、交際していた堀口豊子に犯行を告白し、同女に説得されて自首したものである)、被告人には前科、前歴がなく、本件犯行は被告人としては切羽詰つて行なつたものであること、現在深く悔悟していることなど所論が指摘する被告人にとつて酌むべき事情を十分斟酌考慮しても、強盗殺人罪が刑法犯中最も重大とされる犯罪の一つであり、その法定刑は死刑又は無期懲役とされていること及び前示のような本件犯行の犯情を考えるとき、さらに法定刑の下限を下回る刑を言い渡すべき減軽事由もしくは情状ありと認めるに足りないというべきであるから、本件につき被告人を無期懲役に処した原判決の量刑が重きに失して不当であるということはできない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条、刑法二一条、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(家村繁治 田中 清 河上元康)

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